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大分地方裁判所 昭和52年(行ウ)1号 判決

原告

須川与八

外三三一名

右訴訟代理人

吉田孝美

外八名

被告

大分県知事

立木勝

右訴訟代理人

後藤博

外五名

右指定代理人

上野至

外一二名

主文

一  原告らの訴を却下する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

理由

第一

一原告らはその「請求の趣旨」中において「被告知事が昭和五二年一月一〇日付で内閣総理大臣に対して承認申請をなした大分県新産業都市建設基本計画中、別紙部分の取消を求める。」旨の判決を求めながら他方その主張中において基本計画に先行する八号地計画を含めた意味で本件基本計画の「実体」なる概念を用い、これの取消を求めるとか、行政庁の行為が抗告訴訟の対象たる「行政処分」であるには必ずしも「明文の行政規範に」依拠していることを要せず、「条理上の行為規範」に基づいておれば足りる等と述べている部分もあり果して原告らの真意が新産法上の基本計画(ただし、その内容性格がいかなるものであるかは別として)の取消を求めているのか理解し難い点もないではない。

しかし同請求原因中で原告らは同計画の違法事由の一つとして「計画が新産法一〇条一項に基づくものである以上、同法による内閣総理大臣の指示する当該新産業都市にかかる建設基本方針に基づいて策定せらるべきところ右方針に違背しているので違法である」の旨の主張をなしている点や、本件訴訟の処分性、必要性の点に関し本計画が内閣総理大臣により承認された場合には新産工特法の財政的裏付が与えられ、新産法一七条、一八条の諸法律効果の発生することを指摘している点並びに我が国の国家制度が「法律による行政」の建前を採用しているので原告ら主張の行政処分の「条理上の行為規範」なるものは右原則に照らし、容易には認め難い点等を総合して判断する限り、原告らの取消を求める本件基本計画は新産法上の基本計画であると解さざるを得ない。そうだとすれば、同計画がいかなる内容、性格のものであるか、換言すれば、同計画が、原告ら主張の八号地計画のような個別的、具体的計画を取入れたものであるか否かは正に同法の趣旨と制度目的から解釈し判断さるべきものと思料する。(ちなみに最高裁昭和三〇年二月二四日第一小法廷(民集九巻二号二一七頁)は行政庁が法律によつて付与せられた権限に基づかずになした通知処分を行政法上の「行政処分」に当らない旨判示しているのでこの点からも本訴の取消対象が条理に基く行為規範によるものではなく新産法所定の基本計画と解すべきものである。原告らは大分県知事の策定に至つた動機とその意思の内容を問題としているが、新産法は同計画の機能上、策定者にどのような具体的な内容の基本計画を策定することも自由だとしてその自由裁量に任かせているものではない。)

二よつて以下同法所定の基本計画の性格を明らかにして行くこととする。

新産法の制定目的、構造及び規定内容並びに建設基本計画の作成手続については被告主張のとおりであつて、これを要するに同法の特徴は、同法五条二項並に附則五三条一項により明らかなとおり国土総合開発法の系列に属する総合開発計画の性質を有するもので、ただ、新産業都市の建設は一地方自治体のみの事業によつて達成し得るものではなく、国、都道府県、市町村等がそれぞれの立場でこれに協力し、或る場合には地方自治法に基づき地方公共団体が、或る場合には道路法により国がそれぞれの立場で計画を実施する関係上、これら各実施行為を統合し有機的関連を持たせて有効な同都市建設を図る必要があり新産法は右目的のために制定せられているものと考えられる。

従つて、同法の中心は種々の前記実施権限を有する者に対し互いの行政上の計画が矛盾し不合理な計画とならぬよう新産業都市の建設達成のため配慮すべき努力目標とその義務を定め、しかも、その総合性の確保と指針を明らかにするために基本的な計画の策定を義務付けている点にあり、又同計画については、それ自体に関しては勿論のこと、その変更にもその都度、国の行政機関の最高責任者である内閣総理大臣の承認が必要とされている点等をも考慮すると、右法の目的に則つて策定される新産法上の基本計画なるものは、その事柄の性格上、個別的、具体的な計画を内容とするものではなく、行政庁に対する一般的抽象的な行政指針を内容とするものとならざるを得ないし、又そうでなくては同計画の本来の目的を達し得ないのであつて、新産法一一条が開発すべき工業の業種及びその規模等に関する工業の開発の目標、人口の規模及び労働力の需給、土地利用、施設(工場用地、住宅用地、工業用水道、道路、鉄道港湾等の輸送施設、水道等)の整備等を内容とする計画の大綱と予算の概要を建設基本計画に定めるべき旨規定しているゆえんも右の点に存するものと思料される。

そして新産法に定める基本計画の位置付け及びその内容が右のようなものである以上、右基本計画は、その名宛人を国、地方公共団体又はその行政機関とする行政作用の性格を有すると解さざるを得ない。

この点原告は本件基本計画につき国土庁地方振興局長が「熟度の高い整備計画」であるべき旨を指示しているので同計画は相当の具体性を伴わねばならない旨主張しているが右指示はあくまで一個の行政指導に過ぎず何ら法律の効果を左右し得るものではないのであるから同存在を以つて上記認定の新産法上の基本計画の性格を上記と別意に解さねばならぬ理由はない。

むしろ同指導の意味するところは同計画のマスタープラン性に反しない限度で実効性を伴つた計画であるべき旨を策定担当行政庁に指示しているものに過ぎないものと解するのが相当である。

三本件基本計画の法上の性格は以上のように解せられるところ次にかかる性格を有する基本計画が抗告訴訟の対象たる行政処分に該当するかにつき以下検討することとする。

およそ、いわゆる開発行政計画が「行政処分」たり得るには右計画の依拠する法律を解釈して右開発行政計画の「本質」を明らかにした上、同計画の本質自体が直接特定個人に向けられた具体的処分であり、又、これにより個々の利害関係人たる国民の具体的権利を制限している場合に限るのであつて、このような場合、裁判所は同計画の違法性の有無につき司法的判断を下し得るのであり(最判昭和四一年二月二三日民集二〇巻二号二七一頁以下参照)、これを超えて行政庁又はその行政機関に対してのみ向けられた開発行政計画の違法性の有無を判断することは三権分立の建前上許されないといわなければならない。

右の立場から本件を考察すると、本件基本計画の本質は叙上認定の如く行政庁のみを名宛人として、新産業都市建設にかかわる一般的抽象的な努力目標とその義務を明らかにしたガイドラインの設定にあるので前記判例の表現に従えば本計画は全くの「青写真」にとどまるものであり、個々の国民の権利を制限する効果を伴わないものであるからこれを以つて行政処分と言うことはできない(ちなみに、前掲判決は土地区画整理法に基づく同整理事業計画の行政処分性につき次のとおり判断している。

すなわち「同事業計画は土地区画整理事業の一連の手続の一環をなすもので単にその施行地区を特定しそれに含まれる土地の地積、保留地の予定地積、公共施設等の設置場所、事業施行前後における宅地合計面積の比率等、当該土地区画整理事業の基礎的事項(土地区画整理法六条、六八条、同法施行規則五条、六条)について土地区画整理法および同法施行規則の定めるところに基づき長期的見通しのもとに健全な市街地の造成を目的とする高度の行政的、技術的裁量によつて一般的抽象的に決定せられるものである。従つて事業計画はその計画書に添付された設計図面に各宅地の地番、形状等が表示されているとはいえ、特定個人に向けられた具体的な処分とは著るしく趣きを異にし、事業計画自体ではその遂行によつて利害関係人の権利にどのような変動を及ぼすかが必ずしも具体的に確定されているわけではなく、いわば当該土地区画整理事業の青写真たる性格を有するに過ぎないものと解すべきである。」「事業計画が法律の定めるところにより公示されると、爾後施行地区内において宅地建物等を所有する者は、土地の形質の変更、建物等の新築、改築、増築等につき一定の制限を受け、また施行地区内の宅地の所有権以外の権利で登記のないものを有し又は有することになつた者も所定の権利申告をしなければ不利益な取扱いを受けることとなつている。

しかし、これは、当該事業計画の円滑な遂行に対する障害を除去するための必要に基づき法律が特に付与した公告に伴う附随的な効果にとどまるもので事業計画の決定ないし公告そのものの効果として発生する権利制限とは言えない。それ故、事業計画は、それが公告された段階においても直接特定個人に向けられた具体的処分ではなく、又宅地建物の所有者又は賃借人等の有する権利に対し具体的な変動を与える行政処分でないと言わなければならない。」と。)

原告らはこの点に関し本件基本計画は八号地計画を含んでいるから具体的実施計画であるとか、或は個々の先行実施計画の追認計画の実態を有しているので特定個人の権利に影響を及ぼすことが明らかであるので行政処分性を有する旨主張しているが、右は前記判示の「本質」と「附随効」とを混同した理論であつてとるを得ない。

けだし本計画の本質がマスタープランである以上はその内容に具体的個別計画或は処分を内包し得ないことは論理上当然のところと言わざるを得ないからである。

そうすると、本件訴えは、八号地計画が本件基本計画中に内包され得る程度に抽象的であるならば行政処分性を欠くこととなり逆に内包され得ない程に具体的であるならば取消対象を欠くこととなるので、その余の争点についての判断を待つまでもなく何れにしても不適法な訴えとして却下を免れないところである。

なお、右のように解しても、原告らは、本件基本計画に基づいて計画実施される個別的具体的行為による権利侵害ないしその危険性があればその違法を主張して争うこともできるし、また、仮に、将来計画されるであろう新産業都市建設に取入れるための先行的個別的具体的行為についても、その行為によつて個々の権利侵害ないしその危険性があれば、それ自体の違法を主張して争うこともできるのであるから、その救済に欠けるところはないというべきである。

第二

一当裁判所は以上の如く本件訴えを不適法と思料するものであるが、ただ、原告らが本件訴えは公害予防を目的とするもので、その被侵害法益の重大性と事後救済の困難性を背景に本件訴の対象が前記のとおり本件基本計画策定の実体であるとか、複合的行政過程である旨の主張もなしているので、これらを前提とした「行政処分性」についても念のため一応判断しておくこととする。

ところで我が国が「法律による行政」の建前をとつていることは前記のとおりであり、特に複合する行政過程なるものの個々の行政行為が異なる行政庁により行われている場合には原告主張の立場をとつた場合、一体国の処分か県の処分かが不明となり抗告訴訟の被告を誰とすべきかの点も不明確となるので「複合的行政過程」なるものを無条件に認めることには相当の疑問なしとしない。

然しながら、かかる行政過程なるものによつて地元住民の生命、身体等に差し迫つて重大な悪影響の生ずることが相当程度に予想され、しかも事後の救済も困難であるとの特段の諸事情が認められる場合には(従つて地元住民がこぞつて同処分に反対しておりこの点につき国民の一般的共感も期待されるが如き場合にあつては)実際的な地域住民の権利擁護とその救済を図るため、かかる行政過程なるものを行政処分と解し同行為の違法性につき裁判所がこれを判断することも許されるべきであつて、このような場合における右のような配慮は前記「法律による行政」の建前にも、又三権分立の国家制度にも相反するものではないと解するのが相当である。

よつて以下、大分県における新産都建設二期計画とその中断並に昭和五二年一月改定せられた新産都建設基本計画の策定に至る経緯等を検討して右基本計画策定の過程なるものに上記行政処分と認めて然るべき前記特段の諸事情が存在するかにつき判断する。

二〈証拠〉を総合すると次の事実が認められる。すなわち

(一)  大分県は昭和二八年頃から大分鶴崎地区に臨海工業地帯を建設しようと考え同三三年に別紙四の図の如き同地帯の造成計画を作成したのを始めとして「被告の申立とその理由」の第二の二の(三)の2、3に記載のとおり同三七年には「大分鶴崎臨海工業都市の建設に伴う施設整備計画」や大分県の総合開発計画である「大分県基本計画」或は「大分港の港湾計画」等を次々と策定し又これらを相互に整合させ或は変更を加えた上、更に新産法が同年八月一日施行されるや翌三八年二月二五日に新産業都市の区域指定の申請をなして前記個所に記載の経過を経て昭和三九年一二月二五日内閣総理大臣より同記載の内容の旧基本計画の承認を受けたこと。

又大分県において右旧基本計画との関連において従前の県の計画であつた「大分地区臨海工業地帯建設計画」を変更して右基本計画に整合させたこと。

以上諸計画の内容、実施状況並に各企業の進出と操業状態等の具体的内容については被告の前記主張のとおりであること。

(二)  ところで前記旧基本計画によると現在問題となつている佐賀関町西部の海を埋め立てる計画はなく(甲四〇号証)右埋立に相当する計画として杵築市の守江湾に臨海工業用地造成が考えられていたこと。

大分県は右の点に関し変更の承認を求めたが、いれられず、以後、大野川以東すなわち馬場、神崎、大平等佐賀関町西部の海の埋立計画は国の承認を得た計画とは別個に県の大分港の港湾計画として進行させることとし、昭和四五年八月港湾審議会で右計画につき承認を得その頃から右計画の実施として大在、大在村、坂ノ市の四漁協に対し漁業権放棄について補償交渉を開始し、又佐賀関町の行政当局、議会等にその旨通知し、同住民に対しては同四五年七月神崎小学校において木下知事がいわゆる二期計画なるものについての説明会を開催するなどし始めたこと。

(三)  しかし上記の如き大分県の臨海部の工業開発に伴つて同三八年代から公害の方も目立ち始め、同四一年一月には大在海岸に黒い油が流れてのりに被害が生じたのを初め、同四五年九月には大分市沖合で大量のハマチが死亡するなどの漁業被害が、又同四四年一一月には昭和電工の電気系統の故障で悪臭が流れ、同四五年七月には家島地区で小豆、大豆が黒く枯死するなどの農作物被害等が発生するに至つたこと。

特に佐賀関町とは大野川をへだてて隣りあつている三佐家島地区は一期計画の一号地埋立地の背後地に当つている関係上周囲を住友化学工業大分製造所、鶴崎パルプ九州石油大分製油所、九電大分発電所、昭電コンビナートに取り囲まれ悪臭ばい煙の被害を受けて、住民らは気管支炎で苦しむ者が多く公害の吹きだまりの観を呈する状態となつていたこと。

(四)  佐賀関町住民らは右被害の状況を日頃見聞きしていたことでもあり又特に神崎地区の地形が佐賀関半島のつけ根の部分に位置し、その北側には海がひかえ、南側には丘陵と高さ四〇〇メートルから五〇〇メートル程の山が連らなつてその間の幅約二〇〇メートルから三〇〇メートルの狭い生活空間としかなつていない上、冬には北西風が、夏には海風と陸風とが交互に吹くといつた気象状態で、若し北側の海が埋立られ工場群が立ち並んだ場合には悪臭有毒ガスが神崎地区に吹きつけ蓄留されてその公害被害は甚大であろうと考えられたこと、その上昭和四〇年二月大分県作成の新産業都市の建設基本計画(甲四〇号証)でも明らかなとおり佐賀関町は従前埋立計画の対象地区ではなく柑橘栽培の主産地化、市街化計画区域周辺における花き、そ菜などの「近郊農家の確立」を目的とした開発計画地域となつていたこともあつて多くの住民が右説明を受けるや同計画に反撥したこと、すなわち神崎連合区長は神崎地区の区会、青年団、消防団、婦人会等に呼びかけ前記団体らは昭和四五年九月六日右呼びかけに応じて神崎公民館に集合して合同で会議を開き八号地計画につき討議した結果一期計画がまだ半分しか操業していないのにその公害はひどいものがあるとして埋立反対の決議をなしたこと。

そして同月一八日には前記連合区長の招集により神崎公民館で埋立反対総決起大会が開かれ、八号地埋立の即時撤廃を求める旨の決議がなされ又以後地元住民の意思を代表する機関として「新産都八号地埋立絶対反対期成会」が結成せられたこと。

又佐賀関漁協も右八号地埋立によつて海が汚染され漁業被害が拡大することを恐れ、同年九月七日に総代会を開いて反対の決議をなし同年一一月二二日の埋立反対町民大会に主催団体の一つとして参加していること。

その後前記期成会において昭和四六年から同四七年にかけ、県に対し先ず一期計画の実施による公害の発生状況と波及効果等を明らかにし、同分析結果を検討した上でそれでも尚開発の必要ありと合理的に判断せられた場合に限り二期計画を推進すべきであるとの主張を強く押し進めて来たこと。

これに対し県側は地元住民を個別訪問して同計画への賛同を求めるなど右期成会をボイコツトするが如き行動に出たりしたため、一層期成会と県との間は相互不信が強まり昭和四七年一二月一五日には地元住民が大分市議会に座わり込み機動隊が出動してこれを排除する事態が発生するまでとなつたこと、

この間県も住民の反対運動に動かされて三佐地区の全員五〇〇〇余人につき健康調査に着手し、同調査結果は昭和四八年五月九日医師会から正式に発表されたが、同結果を四〇歳以上の者を被調査者とした場合に修正して同地区の慢性気管支炎有症率を算出すると、大阪、神戸、徳山を越え四日市に次いで、約九パーセントに及んでいることが判明したこと、

右の如き相互対立の状態の中で原告らは昭和四七年二月二五日頃環境庁に直接大分県の窮状を訴えるため上京し、当時の同庁長官三木大臣に面会して現地の状況を説明したところ同大臣は現地視察を約束したこと。

そして翌四八年三月二七日、右約束の履行として同庁富崎企画防止課長外三名が佐賀県に調査団として来県し漁船一五〇隻の出迎えを受けて直接現地を視察し又住民の訴えを聞いたこと。

又これを皮切りに、同月から同年五月にかけて社会党、公明党、共産党の各国会議員らが公害調査に来県するに至つたこと。

又同年四月二五日の衆議院公害対策並に環境保全特別委員会において前記三木国務大臣が「一期計画にも色々問題があるわけであるから、二期計画の場合にはよほど全体の環境保全或は第一期計画全体の見直しと言つたものをやらねばならないので今後この問題につき県当局も非常に慎重な検討を加える必要がある」旨又船後政府委員も「環境が保全し得る範囲でこれを練り直して行くことが肝要である」旨の各陳述をなしていること。

右のように大分県の公害問題が国政レベルで問題となつて来ている最中の昭和四八年五月一〇日頃、住友化学大分製造所の排水処理施設の一つであるタール物質の貯留タンクの管理ミスから有毒ガスが流出し付近住民が強い吐き気、目、のどの痛みを訴え避難しその際一四名が呼吸器や皮膚の炎症をおこし大分県は同会社に操業停止の命令を下だす事故が発生し、しかも同月二〇日には佐賀関漁協総代会で埋立賛成派と反対派の両傍聴人がなぐあいのけんかを始めて二人がけがをし一人が救急車で病院に収容されると言う事件まで発生するに至つたこと、

このため地元住民は再び第二次の環境庁への直訴団を同庁に派遣し同庁の力で前記問題を解決してもらおうと決意し七七名が同月二四日上京するに至つたこと。

そして大分県知事は翌二五日午前一〇時記者会見をして「佐賀関漁協の流血騒ぎと地元の混乱とを考え、同漁協内部が正常化し、環境基準が公害規制面で充足される時まで二期計画から八号地計画を分離して中断する。但し、七号地計画は立地企業が非公害型で漁業補償も片付いているので同計画は推進したい」旨発表し、一応右紛争については終止符が打たれたかに見えたこと。

そして七号地計画は知事の言明通り実施されて同年一二月七日、同地区を西からABCの三区画に分割しC地区を切り離す旨の決定がなされ、現在では七号地B地区(日吉原工業団地)は水深5.5メートル二、〇〇〇トン級の船が接岸可能のバースが二つ、幹線道路、電力、工業用水、上水道すべて整備(昭和五三年二月完成)され、進出企業を待つばかりの状態となつていること。

そして大分県は新産工特法の適用期限が昭和五〇年から同五五年まで延長されることが決まるや、再び八号地計画をとり上げて「被告の申立とその理由」の第二の二の(三)の7記載のとおり同所記載内容の基本計画を策定して昭和五二年一月八日内閣総理大臣に右改正計画の承認申請をなし同年三月一八日同承認を得るに至つたこと。

しかし原告ら地元住民らはこれらの動きを県知事の言動等から察知し、同計画が前記流血事件までひきおこした結果、やつと前記条件のもとで中断となつたにかかわらず、現在右条件の充足がなされていないのにこれを改定基本計画に盛り込むのは前記約束に反するものであるとして反撥し、その旨大分県に申し向けて県の真意をただしたところ、当時の県の岩尾企画総室長は「八号地計画は旧基本計画中に含まれているので今回の措置はそれを新基本計画に移行さすだけのこと故、事務作業で済むこと」とか「八号地計画は埋立ての実施を中断したもので八号地計画そのものが新産都市計画から削除されたわけではない。従つて計画内に八号地計画が生きている以上、今回の八号地計画の改定では八号地計画を入れるか入れないかは問題にならない」等と主張し前記知事の約束とは無関係であるかの如き主張をなし前記三木国務大臣の指摘をも意に介しないかの如き発言をもなしたること。

そのため原告ら地元住民はその態度を硬化させて、昭和五一年七月二四日、八号地復活阻止住民大会を開催して右県の態度に反対する意思を明らかにしたこと。

しかし県は右問題につき何らの解決をみないまま前記のとおり昭和五一年一二月二二日開催の大分地区新産業都市建設協議会の審議を経て翌五二年一月八日本件改定基本計画を作成し大分県知事はこれが承認を総理大臣に申請し同年三月六日前記承認を得たこと。

又承認によつて大分県は本件問題となつている佐賀関町臨海部に298.5ヘクタールの埋立造成をなすべくこれまで策定せられた大分県港湾計画を基礎としその上に諸施策を積み上げて行くことは殆んど疑いないところであること(現に臨海道路は八号地手前の鶴崎公園まで出来上がつている。)。

又前記三佐地区は二号埋立地の昭電グループの背後に当り地区内には臨海産業道路と昭電直通の県道が東西南北に走り地区は四つに分断され、この道路建設で地区内を一巡する排水路はしや断され雨期には毎年水害を受けると言つた開発と環境整備とが跛行状態をきたしている有様で、しかも気管支炎等の発生状況は前記のとおりであるところから、昭和四九年九月二八日、同地区の三一八世帯一、三七〇人が鶴崎の別保地区に集団移転することを決意し、県、市との交渉の結果、住民においえ昭和五三年度末までに宅地一五万六、〇〇〇平方メートルと農地とを手放し、交換に別保地区の宅地一一万五、〇〇〇平方メートルを取得する旨の協議が成立したこと、

しかし現在に至るも右移転は実現しておらず依然公害に苦しんでいること。

以上のような状態であるため昭和五三年に至り三佐三区三二五戸の住民で組織する環境整備委員会会長らは市と県とに対し、工場誘致の際背後地を整備する旨約束しながら一〇数年何もしていないので早急に環境整備をなすよう申入れをなしたること

これに対し佐藤市長と秦県企画総室長らは遅れて申し訳ない、市と県とが共同で昭和五三年から三ケ年間の事業で区画整理する旨答えたが、住民側は納得せず五三年一年間で整備するよう強く申し向けたこと。

以上の事実が認められ右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右の認定事実特に一期計画による公害の実状、神崎地区の公害に弱い地形、行政当局における公害防止対策の著るしい遅れと、これに関する行政側と地元住民との対立の激しさ等を考慮すると、確かに原告ら地元住民において本件改定基本計画策定の結果により自分達の環境が急速に悪化し行政庁は企業側の都合のみを考慮して住民の蒙る不利益については何らその対応策も考慮してくれないのではないかとの危惧を抱くのも一面無理からぬものがあるといわざるを得ないし、これに対し、行政庁側が地域住民のこれらの危惧と不信を払拭するため最大の努力をなすべきであるにもかかわらず、その真しな努力を怠つていたとの批判を受けてもやむを得ない場合のあつたことも肯定せざるを得ないであろう。

しかし反面〈証拠〉によると七号地Bの埋立地については昭和四八年までの高度経済成長の終焉に伴い今のところ進出希望の企業は全くないと言つた状態で又六号地の埋立についても進出予定企業である九州石油から大分県に対し昭和四八年秋の石油シヨツク以来石油製品特に工業用重油の消費の伸びが低迷していて六号地の新規設備投資にふり向ける経済余力がないので同五四年以降は六号地埋立を中断し造成工事の完成時期を先に延ばして欲しい旨の要望も出されている程であること、殊に本件八号地は佐賀関漁協の漁業権放棄の問題も解決していないことや、右のような六号地、七号地Bの土地利用の状態からみても、それ程早急に八号地埋立免許の申請自体が出されるとは考えられないし、仮に右埋立が行われるにしても、同地区につき工場が進出するとの点については何時いかなる企業が進出するのか全く予想も出来ない状態であることが各認められるところである。

そうすると結局本件については、前記原告ら主張の立場に立つてみても行政処分性を認めるに足る事実はないと言うべくこの点についての原告の主張は失当と言う他ない。

第三結論

よつて、原告らの本件訴は不適法であるので却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条九三条を適用して主文のとおり判決する。

(田畑豊 弓木龍美 高橋正)

別紙一

別紙二、三〈省略〉

別紙四

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